医療現場のニーズが多様化するにつれ、アロマテラピーの需要が高まりつつあります。しかし、実際にアロマテラピーを導入する医療現場はごく少数です。その背景には、コンプライアンス問題がある、そもそもアロマテラピーがわからない、介護・治療行為との兼ね合いで難しいなど、アロマテラピーの知識や技術、または香りへの配慮などさまざまな課題があります。そこで今回はアロマテラピーがこれまで歩んできた歴史、最近の研究例をご紹介しながら、医療現場でアロマテラピー実践するにはどうすれば良いのか?を考えていきます。
アロマテラピーの歴史
アロマテラピー誕生
植物を利用した病気の治療や予防は古代ギリシャ時代からありますが、アロマテラピーという言葉が生まれたのは20世紀のフランスです。香料会社を経営するルネ・モーリス・ガットフォセ(1881-1950年)が、実験中の事故で火傷を負いました。そのとき、治療にラベンダーの精油を用いたところ治りが早く、精油に何かしらの作用があると考えたのです。そして、精油の研究にのめり込み、1928年「芳香療法(アロマテラピー)」を出版しました。これが現代のアロマテラピーの原点です。
アロマテラピーが医療へ
ガットフォセの影響を受けたのがフランス軍医ジャン・バルネ(1920-1995年)です。彼は、精油の抗菌作用に興味を持ち、戦争の負傷兵に精油を用いた治療を行いました。このような歴史の流れから、現在フランスでは精油が薬剤として認められています。
日本のアロマテラピー
日本にアロマテラピーが入ってきたのは1980年代です。きっかけは、「芳香療法=理論と実際」という本がイギリスから出版され、世界中に広まったためです。日本では、このイギリス式の美容目的のアロマテラピーが受け入れられ、エステサロンで行うアロマトリートメントが一般的になりました。この影響から日本のアロマテラピーは医療目的ではなく美容目的で利用されています。
最近の研究例
長い歴史のあるアロマテラピーですが、最近では研究が進み、信頼できるエビデンスが増えています。最近の研究データはAEAJ公式サイトなどで見ることができます。ここでは、いくつかの論文を簡単にご紹介します。
試験:高度アルツハイマー病の高齢者を対象に、朝にローズマリー・カンファー精油とレモン精油、夜にラベンダー精油とオレンジ・スイート精油を使い、芳香浴を行いました。
結果:芳香浴後は、対象者の認知機能が向上しタッチパネル式テストの点数が良くなりました。
高度アルツハイマー病患者に対するアロマセラピーの有用性
神保太樹、浦上克哉、日本アロマセラピー学会誌7(1)、43-48、2008年
(引用元:https://ci.nii.ac.jp/naid/40016210219)
試験:高齢者を対象に、ラベンダー精油とホホバ油を使用してアロマトリートメントを行い、免疫に関わる「NK細胞活性値」を計測し、アロマトリートメント前後を比較しました。
結果:ラベンダー精油とホホバ油を使用したアロマトリートメントを2カ月以上継続して受けると、NK細胞活性値が上昇しました。
『香り』を媒介としたケアによるストレス軽減と免疫賦活効果の検討
伊藤あづさ、日本味と匂学会誌,Vol.9 No.3,P.619-622,2002年12月
(引用元:https://ci.nii.ac.jp/naid/110001796441)
試験:便秘症状がある終末期のガン患者さんに対して、ローズマリー精油とホホバ油を使用したアロマトリートメントを実践しました。
結果:排便量や排便回数については有意ではありませんでしたが、質問紙(便秘に対する評価)および腸音回数が改善しました。
終末期がん患者の便秘に対する腹部アロマテラピーマッサージの効果の検討
宮内貴子、緩和ケア 17(4), 368-372, 2007年7月
(引用元:https://ci.nii.ac.jp/naid/40015579082)
各疾患に対するアロマテラピーの実践
さまざまな研究例がある中、私たちはそれをどのように応用すれば良いのでしょうか?ここでは、各疾患に合わせたアロマテラピーの活用法をご紹介します。なお、アロマトリートメントをする際は必ずパッチテストをしてください。
不眠症・睡眠障害などの不眠に作用する精油は、リナロール、酢酸リナリルという成分を含む真正ラベンダー精油、ローズウッド精油などです。ホホバ油30㎖と真正ラベンダー精油1~3滴をよく混ぜ、アロマトリートメントすると良いでしょう。
香りは脳を刺激するほか、サーカディアンリズムが整うといわれています。朝は交感神経を刺激するレモン精油1滴+ローズマリー・カンファー精油1滴、夜は副交感神経を刺激するオレンジ・スィート精油1滴+ラベンダー精油2滴を使用します。ディフューザーで部屋全体を香らせたり、お湯を張ったマグカップに精油を落としたりして芳香浴します。
患者さんは患部から送られている信号を、脳が受け取り痛みとして感じるため、脳へダイレクトにアプローチできるアロマテラピー(香り)が有効です。痛みを緩和する精油は、β-ピネンという成分を含むベルガモット精油、レモン精油、ローズマリー・カンファー精油、酢酸リナリルを含む真正ラベンダー精油、1.8シネオールを含むユーカリ精油、ペパーミント精油、ティートリー精油などです。不眠症のケースと同様に、アロマトリートメントするのがおすすめです。アロマトリートメントできない場合は、精油を無水エタノールに溶かして精製水で薄めて部屋にスプレーすると、心地よい空間を作れます。
精油を安全に使用するためには
アロマテラピーにはさまざまな作用がある一方で、有害な反応を引き起こすリスクがあります。医療現場で安全に楽しくアロマテラピーを導入するためには、基本的なルールを守り必ず主治医の許可のもとで行って下さい。ケース事例
まとめ
アロマテラピーには長い歴史があり伝承的にいわれている効果や作用が数多くあります。一方で、科学的な研究はまだまだ少ない状況です。しかし最近では状況が変わってきました。徐々にではありますが、アロマテラピーの研究が進んできているのです。最新の情報を手に入れながら医療現場での活用法を提案してみてはいかがでしょうか。患者さんにとって、アロマテラピーはきっと大きな助けとなるはずです。